カナダ金貨の謎

有栖川有栖『カナダ金貨の謎』を読んで、本格ミステリはいいな、なにしろ心を揺さぶられない。文学は悲しかったり辛かったり苦しかったり、とかくしんどい思いをしがちだけれど、本格ミステリはもう精神安定剤の域と感じ入っていた。本格ミステリといえば森博嗣をすっかり読まなくなった。どこまで読んでたっけと調べてみた。

  • S&Mシリーズ(読了)
  • Vシリーズ(読了)
  • 四季シリーズ(読了)
  • Gシリーズ(『ηなのに夢のよう』まで読了)
  • Xシリーズ(『キラレ×キラレ』まで読了)
  • Wシリーズ(なんだそれは)
  • WWシリーズ(全然知らないぞ)

じゃあ京極夏彦百鬼夜行シリーズは?と検索するとこちらもスピンオフが出ていた。読まねば。いつか。あと火村先生とアリスは永遠に30代半ばという事を忘れないように。

 

レス

アンドリュー・ショーン・グリア『レス』 読み進めていくうちに語り手が誰で最後がどうなるかなんとなく予想がつくのに、こんな幸せな気持ちに包まれるとは!というかラストはもうこれしかないでしょ。作家であるレスが書評家に「仰々しい感傷家」と揶揄されショックを受ける場面は身に覚えがあって笑った。私がよく文句を言ってるやつ(感傷的すぎる作品が苦手)だ。しかしレス自身は愛する人との別れで悲嘆に暮れながらも、行く先々でへまをし、言い間違え、盛大に転び、笑いを誘う。どう考えても喜劇が似合う男。レスに幸あれ。

ピーター・スワンソン『ケイトが恐れるすべて』ケイトが半年間住むことになったボストンのアパートメントが「ヘンリー・ジェイムズの小説から抜け出してきたよう」と形容されていてニヤニヤ。その後もクリスティやフランシス、『エアーズ家の没落』に『レッド・ドラゴン』とミステリ好きの心をくすぐる作品が。パニック障害を抱え常に何かに怯えているケイトはホラー映画が好きなのだけれど、その理由は、本物の心配が鎮まり他の人々にも悪夢が存在することを教えてくれるから。キングもきっといろんなものに怯えていると思う。恐怖に鈍感な人がホラーを書けるわけがない。ケイトのサイコパスホイホイっぷりと、都市伝説みたいなヘンリーの行動に肝が冷えた。

七つの殺人に関する簡潔な記録

常に鼻息荒く、あれも!これも!と新刊をチェックしているせいか息切れしてしまった。楽しみにしていた『オーバーストーリー』とジョナサン・サフラン・フォアの新作が出ているが、それは気分次第でいいかなあ。そしてもう2019年のベストは何だろうと考えている。気が早い。

マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』 圧倒的な強者が弱者を踏みつけにする現実に心が痛む。似たようなことは世界中で起こっているのだろうけどそれにしても暴力的で前時代的。事件に深入りして追われるはめになるジャーナリストのアレックス、何としてもジャマイカから逃げ出したい失業中のニーナ、両親をギャングに虐殺され別のギャングに拾われたバン=バンと眼鏡をかけたインテリギャングウィーパーにぐっと感情移入した。ホテルのベッドで目を覚ましたアレックスが足元に誰か座っていることに気づくシーンは心臓バックバク。アレックスのパニックが伝わってくる文章が、喚起するイメージが、凄い。これは全編通してそうで、生者と死者の心の叫びが頭の中で響く。彼らの声に耳を傾けずにいられない。どっと疲れた。素晴らしかった。

ジェイソン・レナルズ『エレベーター』 ウィルが住む街の不良には掟がある。泣いてはならない、密告してはならない、必ず復讐を果たさなければならない。兄を殺されたウィルは掟に従い兄の銃を持ち出してエレベーターに乗り込む。『七つの殺人に関する簡潔な記録』は負の連鎖にどっぷり浸かりもがく人々を描いているが、ウィルはまだその入り口に立ったばかり。 エレベーター内で様々な人物が彼に語りかける。憎しみが何を生んだか。ウィルの選択は書かれていない。最後の一言が重くずしりときた。

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』 ベルリンの言葉で笑ったり、とんでもなく苦い気持ちになったり、泣きそうになったり、感情が乱高下する読書だった。「星と聖人」の冒頭が好き。「待って。これにはわけがあるんです。今までの人生で、そう言いたくなる場面は何度となくあった」むちゃくちゃ頷ける。そういう時ってなぜか言葉がうまくでてこないのだ。そして誤解されたまま。「ママ」のひどいエピソードの数々も言葉のチョイスが秀逸で笑ってしまった。「あたしママに言われたことがある『とにかくこれ以上人間を増やすのだけはやめてちょうだい』って」「薬を大量に服んだときは、“首を吊ろうと思ったけれどコツ(ハング)がわからなかったので”って書いてあった」リディア・デイヴィスが言ってたように延々と引用してしまえるのでこのへんで。

イヴリン嬢は七回殺される

スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』 館ミステリ+タイムループ+人格転移と帯にあって、人格が転移したらタイムループの記憶を失ってしまうのでは?と首をかしげていたのだけれど、主人公の行動に転移した相手の素養や性格が干渉してくるということだった。レイヴンコート卿の頭脳明晰っぷりに、この速さで今の状況が理解できて事件解決の為に必要なレールまで敷けちゃうの?私の頭がついていかないです!と驚いていたら、次に転移したジョナサンがただのクソ野郎で解決が遠のいたり…SFミステリを読みなれない者にとっては複雑すぎて、この設定いる?と一瞬思ってしまったが、読後の満足感がそれを吹き飛ばしてくれた。面白かった。

今村夏子『むらさきのスカートの女』近所で知らぬ者はいない「むらさきのスカートの女」を観察する「わたし」の異質さが物語が進むにつれ浮かび上がってくる。「わたし」が時に常識的なことを語りつつ、むらさきのスカートの女へのストーカー行為をやめないのが怖いやらおかしいやら。世間からちょっとズレた二人の邂逅があるのかと思いきや違うベクトルで飛び出していくし。とことんわかりあえない、どんどんズレていく、不穏なだけでなく思わず笑ってしまうおかしみがあった。

伴名練『なめらかな世界と、その敵』 明治時代の女学校を舞台にした偽史SF「ゼロ年代の臨界点」、最新技術で制御された脳をめぐる愛憎劇「美亜羽へ贈る拳銃」、 異能を持つ姉への不信感を募らせる妹がとった行動とは「ホーリーアイアンメイデン」、修学旅行生を乗せた新幹線が低速化という謎の現象に巻き込まれる「ひかりより速く、ゆるやかに」が好み。

 

デューン/砂の惑星

フランク・ハーバートデューン/砂の惑星 シーズン1が終わっただけじゃないですか。身分の差を乗り越えて二人が共に帝座につくことを期待していたわけですが、そういうわけにもいかないらしい。少なくともシーズン1では。皇帝の娘イルーランが立ち回りのうまい人物だったらチェイニーの立場が危ういのでは…と『ゲーム・オブ・スローンズ』で政治と権力と宗教の関係を学んだ私は心配です。

笑えるシーンもけっこうあったけど、映画だとさくっと切られてしまうのかな。泥酔して公爵への愛を語るモモアちゃん(ダンカン・アイダホ)とか、今!?ってタイミングで歌いだす吟遊詩人ジョシュ・ブローリン(ガーニー・ハレック)とか。 見たいなあ。

小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その弐』 馴染みのある歌や風景の中に潜む怪異に鳥肌が立った。子供の頃、心霊番組を見てトイレに行くのが怖くなったり、シャンプーをしている時にうしろが気になったり…そんな記憶がよみがえる。大人になって、トイレに行くのが怖いなんてことはなくなった私も、家で一人で本を読んでいるのが心細くなってたまに顔をあげて周囲を見回したりした。重い空気が体にまとわりつくベタベタした日本のホラーはもう読めなくなってしまったが、このシリーズはふいに流れてくる生ぬるい風くらいの湿度で読みやすい。