友だち

シーグリッド・ヌーネス『友だち』 予想以上に面白かった。まさかまさかこんな仕掛けがある小説だとは。あれだ…!あの残酷な結末に愕然とした小説のちょっとハッピーバージョンだ!と思いついたものの、いやでもあれははっきりと「こういう事実があった」と説明しているけれど、こっちはそのへんあやふやなんだよなあと。立ち位置が不安定で遠近感がおかしくなるそんな不思議な読み心地。作家である主人公の意識の流れに乗って著名な作家の言葉が数多く引用されていたが、やっぱりオコナーの言葉が鋭くて印象的。「一般大衆のために書くのは、才能のある人だけがすべき仕事である」「危険だ、とフラナリー・オコナーは学生にたがいの原稿を批評させることについて言っている。盲人が盲人の手を引こうとするようなものなのだから」。才能のあるなしは誰がジャッジするんだろう。私が「天才だ!」と思う作家はレビューでめちゃくちゃ叩かれたりしてますが…。心のなかで「あほどもが…!」と罵って留飲を下げてます。

作家になりたいという野心に燃えるあなたの学生たちでさえ、一冊の本がどれだけ作者の意図を実現しているかではなく、それがどれだけ自分たちの気にいるかで判断しようとしている。だから、たとえば、「自分のことばかり書いているから、ジョイスはきらいだ」とか、「白人の問題についての本をなぜわたしが読まなければならないのかわからない」とかいうレポートが出てくるのだ。消費者レビューにあふれる不快感を見れば、読者がすでに感じていること─── 自分と同一視できるもの、自分と結びつけられるもの───を確認してくれるのでなければ、作者は本を書く必要はないと思っていることを示している。(p.136) 

友だち (新潮クレスト・ブックス)

友だち (新潮クレスト・ブックス)

 

 

 

「怖いわねえ」と彼女は言った。そういう話のなかの超自然的な要素に彼女は好奇心を示した。あなたはそれを本当に信じているのかしら、と彼女は訊いた。これについては何度も考えてきたけれど、その問いに答えるのは難しいのだ、と私は説明を試みた。たぶん、信じるかどうかというより、そうした事柄に関して私が考えることは、一種の願望なのだ。トールゲートのような陰惨で残酷な場所で生まれ育つと、人間が存在していることに意味があると確信するのは時に困難である。でも私たちの大半は、理性から見てどう思えるにせよ、自分の人生が何かを意味していると考えたがっているのではないか。だから、キャメロン・ロスや幽霊屋敷の件も、さらなる不可解な出来事一般も、内容は不快であれ、とにかくこの世界には見た目以上のものがあるのだという、歓迎すべき証しに思えるのではないか。 (p.83)

雲 (海外文学セレクション)

雲 (海外文学セレクション)

 

 

息吹

f:id:mayumu:20200327160221j:plain

テッド・チャン『息吹』 「予期される未来」「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」「オムファロス」「不安は自由のめまい」がよかった。「予期される未来」の進化が生んだ新しい絶望。現実から目を背けて生きていけばいいのだから、私はこの病には罹らないのではという妙な自信が。イエス自己欺瞞古今東西の神々の話が好きなので「オムファロス」の創造説はわくわくした。信仰心がないから無責任に面白がってしまう(だめだろ)。人間らしさとはなにかと問いかけるような作品が多かったかな。『あなたの人生の物語』も読まねば。

クリス・マクジョージ『名探偵の密室』 面白かった!自分が順位をつけるとしたら、このミスのランキングとは全然違うものになるなあ。とりあえず『メインテーマは殺人』は1位じゃない。転がり続けるストーリーの面白さでぐいぐい引っ張るこっちが好み。主人公が事件に巻き込まれる要因となった出来事、ほとんどの人間は倫理と情のはざまで揺れるはず。虚栄心に突き動かされた主人公がある種のモンスターであることは間違いない。

ニール・ゲイマン『物語北欧神話 こう言っちゃなんだが人間臭い神様ばかりで恐れる気持ちはあっても崇める気には到底ならない。そこがいい。ロキはマーベル映画のイメージのまま。いたずら好きで狡猾、でも憎めない。ロキがいなかったら北欧神話の面白さは半減すると思う。ロキがいたずらしたからトールは槌を手に入れることができたし、アースガルズに立派な城壁も立ったのだ。爆笑もののフレイヤの結婚式やトールの巨人国への旅など楽しいお話が大半だが、バルドルの死はやりきれなかった(原因はロキ。いつだってロキ)。神々の終焉は物悲しいだけでなく、思いのほか希望の光があってよかった。たった一行の最後のページが目に入った時は鳥肌が立った。ここから新たなゲームが始まるんだ。「ロキは恥を知らないので、自分の行為を恥じることはなかったが、神々を怒らせすぎたことはわかっていた」という一節を読んで、諸々納得がいった。

おちび

f:id:mayumu:20200312111653j:plain

エドワード・ケアリー『おちび』  面白ーい!周りの大人たちの思惑と、フランス革命期という主権の所在がころころと変わる時代に振り回されるマリー。後半にいくほど面白さが増して(ヴェルサイユ宮殿マリー・アントワネット!民衆の怒り!)ページを繰る手が止まらなかった。激動の時代にあってもマリーはマリーのまま変わらず、弱者と強者、どちらにも等しく愛をそそぐ。肩書きや身分にとらわれないその姿は、ありのままを写しとる蝋人形作りと重なった。「マリーは後悔ということを知りませんね」と問われ、「後悔とは恵まれた人の贅沢な感情かもしれませんよ。マリーの人生は生き残るための闘いでした。後悔という意味すら彼女はわかっていないかもしれません」と答えたケアリー。『ある一生』の主人公エッガーを思い出しちゃうなあ。

ニクラス・ナット・オ・ダーグ『1793』 フランス革命の煽りを受けスウェーデン王グスタフ三世が暗殺される。その一年後、まだまだ混乱が続く1793年のストックホルムが舞台。ハンニバルゲーム・オブ・スローンズと言ったらいいのか。暗鬱な空気がたまらなく好きだった。事件の捜査を担うのが、第一次ロシア・スウェーデン戦争を生き抜いた軍人で喧嘩っ早いカルデルと、時計の分解と組み立てが趣味(あるべき物があるべき位置に収まるのを見るのが好き)の法律家ヴィンゲという対照的なコンビなのも良い。無骨なカルデルが時折見せる繊細な優しさにほっとしたり、なにごとにも慎重なヴィンゲの大胆な策略に驚かされたり。ただクリフハンガーが多かったのがちょっと。アメドラかよ。ディーヴァーかよと。多用されると食傷してしまう。

十二月の十日

f:id:mayumu:20200309112427j:plain  

ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』 登場人物たちのしょうもない妄想に笑い転げ、家族への切実な想いに涙し、悪意なく他者を踏みつける様子に愕然とする。短編ひとつでどれだけ心を揺さぶってくるのかソーンダーズよ。「ビクトリー・ラン」「子犬」「アル・ルーステン」「センプリカ・ガール日記」「ホーム」「わが騎士道、轟沈せり」「十二月の十日」がよかった…てほとんど全部なんですが。いちばんのお気に入りは、いじめられっ子の少年と病に冒され自殺をしようとしている男性が奇妙な状況で出会う「十二月の十日」。いじめられっ子の少年がとにかく可愛くて。私の頭の中ではいつのまにかジョジョ・ラビットのめがねくんになってました。この前読んだロアルド・ダールの「彼らは歳を取るまい」もよかったし、ベスト短編を決めるのもいいかも。今のところは「彼らは歳を取るまい」と「十二月の十日」の二作。

ローベルト・ゼーターラー『ある一生』 子供の頃から過酷な労働を強いられていたエッガー。やがて成長して恋をし我が家を手に入れるものの雪崩ですべてが変わってしまう。数々の困難と悲劇に見舞われながらも、彼の心は驚くほど澄んでいる。人と自分を比べることなんてまるで知らないみたいだ。運命は彼の人生からたくさんのものを奪っていったけれど、それぞれの幸せな瞬間は奪えなかったしその瞬間の積み重ねが彼を支えていたのかもしれない。